入院17日目

腎臓がん
04 /30 2011
最近は、検査も減ってきたので、昼間、暇である。しかし、体はダルく熱もあるので、動き回れない(>_<)
だから、昼寝ばかりしているので、夜、寝れない(;_;)
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手術から合併症

腎臓がん
04 /29 2011
手術室に入り、麻酔科の先生に名前の再確認と手術室のパソコンで手首にはめているバーコードを読み取り本人確認してから手術台へ、いわゆるドラマで出てくるような感じでした。

まず、横向きに寝て、背中に局所麻酔をして少ししたら、背中を丸めて背骨に麻酔を入れる管を入れました。

そして、仰向けになり人口呼吸のマスクをはめました。

麻酔科の先生が、早ければ数分で眠ってしまいますよと言われてるうちに、記憶がなくなっていました。

「○○さん、○○さん」と呼ばれて、目が覚めました。

あれっ、これから手術が始まるのかと思ったら、「もう終わりましたよ」と言われ、全く時間の感覚がなく、もう終わったんだとか思いながらまた寝てしまいました。

次に目が覚めたら、集中治療室のベッドにいました。妻や弟が隣にいたような記憶はあるけど、やはりよく覚えていない
数時間ぐらい経ったのか、麻酔が切れて段々感覚が戻ってくると、痛みが出てきました。痛み止めを使ったりしながら寝たり目が覚めたりの繰り返しでした。

翌朝、体がだるく頭がボーっとする。生まれて初めての手術なので、こういうものかなと思いながら、血液検査、血圧測定。看護師さんが、このあと自分の部屋に戻るので、部屋にベッドが入れるように荷物を片付けておいて下さいと妻に指示、妻は私の病室へ片づけに行きました。

少ししたら、看護師さんが少し慌てて「もう1回採血します!」とのこと

なんだか良く分からず、採血してもらっていると、外来の診察をしていてこの時間にここに来るはずのない主治医が慌てて来ました。看護師に、直接血管から採血するよう指示(1回目は、点滴用の針から採血)していました。

先生が、ドレン(お腹に管が刺してあります)からの体液を何度も確認してるうちに、血液検査の結果が届きました。

ヘモグロビンの数値が異常に下がってしまっているので、今からCTで検査しますとのこと。

ベッドに寝たまま、CT室へ連れていかれる時、看護師さんに「〇〇さん、大丈夫ですからね」と声をかけられ、ここで初めて、あれっ、どうなったんだろうと不安に・・・

エレベーター前で先に待ってる人にも「緊急です、先に乗ります」と

CTの撮影が終わるや否や、「腹腔内で大量出血しているので、すぐに手術をします!」まわりの看護師に「奥さんをすぐに呼んで!」と
病室で私が戻るのを待っていた妻は、何がなんだか分からなかったとのことでした。

手術室に到着すると、昨日の麻酔科の先生が、「〇〇さん、2日連続でちょっと大変だけど、最善を尽くすから安心して」と(麻酔科の先生は女医さんで、すごい穏やかな先生です)手術の同意書が、必要なので書けますかと、用紙とペンを渡されたのですが、手に力が入らず書けない。「奥様に代理で書いてもらいます」

出血
麻酔2


血液型の試験!(?)とか輸血の準備とか、とにかく慌しく、昨日の落ち着いた手術とはずいぶん違うな~と思いながら眠ってしまいました。

しばらくして、名前を呼ばれる声は聞こえるのですが、目が開かないし体が重くて動かない・・・

さらに、何度も名前を呼ばれて、しばらくしてようやく目が開いた。でも返事はできない。とにかく、体が重くて動かない

そして、そのまま、また眠ってしまった。

とんでもない脱力感というか、体が地面に吸い込まれていくような重苦しさで、集中治療室で目が覚めた。とにかく、苦しい、誰でいいから早く何とかしてという感覚のみ(後から聞いたら、助けて・何とかしてと延々と大声で叫んでいたそうです)心拍や血圧を測る機械も異常数値なので、ブザーが鳴り放しの状態。輸血が終わり、しばらくしたら、苦しさは収まってきましたが、今度は、とんでもない痛みが!大げさでなく、この世のものとは思えないほど耐え難いもので、痛み止めも順番に強いものに変えていっても全く効かず、最終的に胸に針を入れて、麻薬を打ち続けてもらいました。

結局、一日中、心拍数は160~180/分(1日中全力で走り続けているのと同じこと)だったらしく、心臓が耐えてくれました。出血の原因は、脾臓の裏側が破裂していたそうで、脾臓を摘出後、止血できたとのことでした。出血量は、2.6リットルでした。



数日して、だいぶ落ち着き、なんとか少し歩けるぐらいまで回復してきました。氷を食べる許可が出て、水を飲む許可が出て、食事の許可も出ました。しかし、全く食欲が出てこない。食欲がないどころか、気持ち悪い

2日連続で手術しているので、腸の癒着が起こり腸閉塞を起こす可能性が高いとのこと。

腸閉塞を治すには、鼻から胃へ管を入れて、胃や十二指腸から食べ物やガスを抜かないといけない。この管を入れるときに、のどの反射(胃カメラ飲む時状態)が起き、嘔吐しかけお腹に力が入ってしまい、手術の傷口から出血。

傷口の様子を見た限りでは、傷口は開いてないとのことで、消毒して様子をみることに。

しばらくすると、また吐き気がしてきて、ナースコール。看護師さんが、お腹に力入れないようにと枕をお腹に当ててくれました。
その後、何度も嘔吐しました。腸閉塞の状態を見るため、CTを行うことに。このときは、痛みや苦しさもなく平常だったので、問題ないと思っていたら、また「今から手術します!」とのこと

傷口のお腹側の縫い目が裂けていて、そこに腸が挟まって壊死しかかっている可能性があり、腸が壊死すると命にかかわるらしい。

先生に、家族の人を呼ぶように言われ、妻に電話。妻はずっと病院に付き添っていてくれて、久々に家に帰ったところへ「今から、手術することになったから、みんな呼んで病院へ来て」と

家族が到着するまで待っている時間はないので、胃腸外科の先生の準備が出来次第、手術開始とのことで、結局、妻の到着前に手術室へ入りました。

今回も、同じ麻酔科の先生で、いつものように穏やかに「○○さん、これで全てよくなりますから、がんばりましょうね」と言われながら、説明書にサインをして麻酔を受けました。さすがに、3回目になると、かって知ったる我が家みたいに、私も要領よく手術台に乗り、体勢やマスクの付け方など完璧にマスターしました。

ヘルニア
麻酔3

入院前日~手術室

腎臓がん
04 /20 2011
入院するまでに、イベントの準備をできるだけ済ませておこうと、休み返上で仕事をしていました。
入院前日も、早朝から出勤して準備をしていましたが、どうも朝から喉が痛い・・・
お昼前には、熱ぽくなってきてしまい、がんセンターの担当医に電話で状況説明すると
「なんで、もっと大事にしないんだ!すぐに、近くの内科に行って診てもらって!」と怒られました。
早退させてもらい(仕事が途中になってしまい、本当に心苦しく)内科に行き、診てもらえました。喉が真っ赤に腫れてて、熱も38度近くになっていました。抗生物質と炎症を抑える薬をもらい、家で休むことに。

入院の当日、熱が下がってることを期待したいたけど、そんな都合よくはいかず。
熱は38度を超えてフラフラのまま、がんセンターで入院の手続き。

トイレの場所や病棟の説明をしてくれるのですが、早くベッドに入って休みたい一心で、全く聞いてなかった。部屋に入り、ベッドで休んでいると主治医が来て、今から頭頸部(普通の病院の耳鼻科のこと)に行って診察してくるようにとのこと。頭頸部の先生に、5日後では手術できない可能性が高いが、できる限り抗生物質で抑えましょう。

部屋に戻ると、すぐに強力な抗生物質を点滴されました。この時点で、熱は39度を超えていました。

さらに、喉が塞がるほど腫れてしまい、飲食だけでなく水を飲むことも禁止されました(水を飲み込もうとすると、のどが塞がっているので、鼻から逆流してしまう状態)

まる2日間、そのような状態が続きましたが、3日目に喉の腫れもおさまり、熱も37~38度に下がり食事もできるようになってきました。

当初は、手術するまでは、元気な予定だったので、病院探検しようとか売店行ったりしようとか思っていたのに、本当の入院患者のようになってしまっていました・・・

だいぶ、症状も落ち着いたので、手術の説明がされました。
右の腎臓の下部のこぶみたいのが腫瘍です(この写真は総合病院で写したものです)
292236_387464671299342_632199132_n.jpg


画像診断で、ステージⅢ(中期~末期手前)であると書かれています。また、合併症の説明がありますが、この①②③が発症しました。確立的には、5%以下&1%以下&0.6%以下のはずなんですが
手術1



手術前日には麻酔の説明もありました。まだ、多少、喉の腫れがあるので、手術中に、もし喉が閉塞した場合、頸を切開して喉を開き、人口呼吸器をいれる可能性が高いとの説明も
麻酔1


夕食後、主治医と話していて、「私の父は37歳で胃がんで手術中に亡くなっていて、自分も同じ年でガン(まだ悪性か確定していないですが)が見つかった」という話をしたら、「その話、聞くんじゃなかった」と言われてしまいました。
このまま、帰ってこれないんじゃないかとか、不安な気持ちになって寝れないかと思ったら、意外と平気(一応、睡眠薬が出されましたが飲まず)で、消灯時間前には寝てしまいました。

翌朝、家族総出で来てくれました。何を話したか、全然記憶にないですが・・・
時間になり、麻酔科の看護師さんが部屋まで呼びに来て、みんなで手術室のある階へ向かいました。イメージではベッドに寝たまま行くかと思っていたら、自分で歩いて行きます。
この時は、誰も会話もなく、ただ歩いて手術室へ向かいました。
手術室に入るドアの前で、みんなに「行ってくる」とかるく手を上げて中へ入りました。

アイソトープ

腎臓がん
04 /12 2011
またまたまた同じような話ですあせあせ(飛び散る汗)br />
昨日は、午後から造影剤CT検査
CTで使う造影剤は、ほんと気持ち悪くなるがまん顔
腕から点滴で生理食塩をいれ、撮影の途中で、遠隔でスイッチが入り、ギュワーと注入されてくる(映画の近未来のワンシーンにありそうな感じ)
すると、腕から胸・頭・お腹と体内が熱くなっていく。血液の流れに沿って造影剤が流れていくのが分かります。と、同時に、胃がムカムカして軽い吐き気を催します。腕から薬が入るのに、からっぽの胃(食事抜きなので)から何か吐きそうになるのも不思議です。
なんとか、吐き気をガマンして撮影終了。数分もすると、吐き気はおさまり、ムカムカも治ってきます。

さて、今日は、アイソトープでの骨シンチ検査サーチ(調べる)
これは、骨に転移がないか、調べる検査です。
朝一に、放射性同位元素を静脈注射します。このあと、3~4時間すると、骨に吸収されます。骨に何らかの炎症があると、放射線が強く発生するらしく、それで診断するそうです。放射線(放射能?)を体内に注射するわけですが、翌日には、ほとんどが体外に出て行くそうです電球

で、注射してから4時間後に撮影するので、その間は、外出してもご飯食べてもいいとのこと。

というわけで、すぐ近くに、一番軒があるので、行ってきました。度々、日記に書いていましたが、ここのラーメンは、ほんとめちゃくちゃ美味しい。私が転勤するたびに、食べ歩いたラーメン屋の中でもダントツの美味しさ。鎌倉に住んでる時に、一番軒のラーメンが食べたくなって、東名高速飛ばして、ラーメンだけ食べて、とんぼ帰りしたほどの美味しさですあせあせ(飛び散る汗)

替え玉も頼んで、悔いなく食べて病院へ病院

検査着に着替えて、撮影台に、動くとうまく撮影できないらしく、マジックテープのベルトで完全に固定されましたあせあせ(飛び散る汗)

ほとんど、音もなくゆ~くり機械が動いて撮影。頭から足まで撮影するので、まず、顔のまん前3cmぐらいに40cm四方の板状のカメラ(?)があり、気になるので、目をつぶっていたら、お腹もいっぱいだったせいか、いつの間にか爆睡眠い(睡眠)
撮影終わるときに、機械からピーと音がして、夢の中では、地震速報の音と思い、ビックリして目が覚めましたあせあせ(飛び散る汗)
最後、左の腎臓部分を横から撮影して終了end

あさってから入院で、明日は、1日仕事えんぴつ
引継ぎや、会議もあって、大忙しな1日になりそうがまん顔
入院してる間、仕事を引き継いでもらう方々も大変なわけで、それ以上に私もがんばらねばグッド(上向き矢印)

報告

腎臓がん
04 /08 2011
今日、朝一で銀行に行き、定期預金を解約ドル袋
入院・手術費は、高額療養費や生命保険で戻ってくるけど、一旦立て替えないといけないのであせあせ(飛び散る汗)

で、妻と弟と愛知県がんセンターへ


まず、手術に耐えられるかどうかのチェックで心電図揺れるハート
健康診断だと、寝て測定するだけですが、それにプラスして、踏み台昇降を3分行い、すぐに横になり計測して、差をチェック。

続いて、肺機能検査、肺活量と、吐く強さ(?)をチェック、これをやるとタバコ吸ってるか吸ってないか、すぐに分かるそうです。私は、大丈夫ですが、タバコ吸ってると手術においてリスクとなるそうですあせあせ(飛び散る汗)

続いて、肺のレントゲンカメラ

そして、主治医の診察を受け、手術は問題なくできるとのこと。
しかし、部分切除で済むか全摘出か微妙なラインらしいがまん顔
どちらにしても、この後の造影MRIの結果(来週に結果が出る)で判断されます。

というわけで、午後は、MRIへ
がんセンターのMRIは、やはり最新式で、総合病院で受けたときは、非常に圧迫感というか閉所感があって怖かったですが、こちらは、全然、問題なし。しかも、ヘッドホンを付けて、あの雑音をさえぎると共に、イージリスニングが流れているるんるん
途中で、造影剤を腕から注入され、さらに撮影が続き、終了。

その後、入院受付に行き、入院の予約を入れました病院
入院は14日からに決まりました